忠誠

アメリカの小学校では毎朝国旗に宣誓する。
いや、宣誓とは違う気がする。
宣誓というと高校野球の宣誓をイメージしてしまうが、それは違う。
国旗に対して、ひいては国家に対して忠誠を誓う一種の儀式だ。
アメリカの小学校の教室では必ず国旗を掲揚している。
教室の四隅のうちの1つ、担任の先生の居場所に近い隅が特別な隅で、
常時国旗を掲揚している。日本で言えば神棚に当たるだろう。
そして毎朝、その国旗に向かって忠誠を誓う。
I pledge allegiance to the flag of the United States of America, and to the republic for which it stands, one nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.
右手の手の平を心臓の上に乗せるか、もしくはその辺りの服を軽く握り、
国旗を見ながら忠誠を誓うのだ。起立したような気がする。
日本で言えば朝の朝礼の一環か。
しかしその内容たるや、日本の左派が聞いたら発狂せんばかりに怒り狂うのではないだろうか。
当時は拒否権などない。忠誠を誓うのが当たり前で殆ど義務だった。
この決まったフレーズのどこで息継ぎするのか、どのくらい間を空けるのか、
それと抑揚は大体決まっている。
しかし最後の方は人によって微妙に間の空け方が違うため、最後は全員の声が揃わなくなる。
そのせいで、最後の方はなかなか文言を覚えられなかった。誰も教えてくれないし。
僕はアメリカの小学校に通って初めてそういう儀式があることを知ったが、
周りのアメリカ人はスラスラと言葉が出てきていたので、学校に通う前に各自家庭で
この文言を息継ぎのタイミング、間の空け方とともに叩きこまれてから入学していたのだと思う。
4年間アメリカに滞在したので、1000回近く忠誠を誓ったことだろう。

 

数年前、NHKでお目当ての番組を見た後、次の番組が始まった。
アメリカで老人が大勢たむろしている教室に、誰かが入って来て、
前の教壇に登壇するや大きな音を立てて注目を集め、"I pledge allegiance!"と叫んだ。
すると老人たちが急に姿勢を正して、"I pledge allegiance to the flag ..." と忠誠を誓い始めた。
それを掴みに、番組のタイトルが表示され、本編が始まった。
この冒頭の掴みのシーンの意味、特に老人たちの言葉の意味は
結局番組の最後まで説明されなかったように記憶している。
おそらく殆どの日本人には、何の印象にも残らないシーンだったと思う。
番組が終わる頃には皆完全に忘れていただろう。
しかし、僕にとってはかなり印象的(impressive)なシーンだった。
到底忘れることはできない。
アメリカにはこういう場面があるんだ!という意味で衝撃的だった。
何がテーマの番組だったかは覚えていないが、結論として(老人たちは退役軍人ということもあるのかもしれないが、)社会保障を受けるためには、忠誠を誓わないといけないのだ。
"I pledge allegiance!"というのは、その先の言葉を相手に言わせるという
英語によくある会話術だ。
日本だったら、「国歌斉唱!」と司会が宣言して国歌斉唱するのがそれに相当するかも。
ただし内容は全然違う。
アメリカ人で忠誠の言葉を言えない人間はモグリなので、当然全員忠誠の言葉を誓える。
何しろ僕にだって言えるのだから。
退役軍人が社会保障を受けるために、兎にも角にもまず忠誠を誓わされているのが
NHKの掴みの映像だったのだ。
こういう場面がアメリカにあることが非常に驚きであり、衝撃的だった。
小学校で覚えた忠誠の言葉は、こういう場面で使うものなのだということを知った。
実に貴重な映像だと思う。(説明はおそらくなかったが。)